2017年02月

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※この高級アパートメントの最上階に居住していた(Google Street View

 キューブリックは映画監督という職業柄、数多くの引越しをしていますが、『時計…』以降はロンドンに腰を落ち着け(旅行嫌いと出不精が表出したとも言う。笑)、ロンドン北部のアボッツ・ミードセント・オールバンズに長く居住したことが知られています。

 それ以前は世界の各国・各地を転々としているのですが、その中でもはっきりと住所が判明してるのはこの『2001年…』の制作準備中に居住したニューヨークのアパートメントです。ソースは例の「手塚治虫に送られた手紙」になります。ここにはっきりと「239 Central Park West New York City」と住所が書かれていますね。その場所は現在も当時と変わらず守衛さんがいる高級アパートメントです。この最上階のペントハウスにキューブリックは妻クリスティアーヌと三人の娘と住んでいました。

 1964年3月に始まったここでの生活は『映画監督スタンリー・キューブリック』『失われた宇宙の旅2001』に詳しいのですが、クラークを自宅に呼んでステーキを振舞ったり、そのクラークを娘たちは「クラーク・ケントだ!(スーパーマンの主人公の名前)」とからかったりなどの微笑ましいエピソードのほか、クラーク以外にも多くのスタッフが出入り賑やかだったそうです。

 セットの制作など、作業が本格化するとキューブリックはこのアパートを引き払い、1965年7月21日にニューヨークからクイーン・メリー号でロンドンに渡っています。そのソースはスタンリー・キューブリックのオフィシャルアカウントが公表したこのチケットにはっきりと記載されています。クラークもこの時ニューヨークから一旦セイロンに戻り、8月になって再びキューブリックとロンドンで合流したそうです。

 ちなみに以下はそのアパートメントを管理する不動産会社が、12E号室を紹介するために作成した動画です。ものすごい高級アパートだったことがこれでわかりますね。



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スタンリー・キューブリックのオフィシャルアカウントが公表した「アテナ(アシーナ)」のスケッチ。日付は1965年7月20日となっている。

 キューブリックとクラークは『2001年…』を創作するにあたり、ロボットの登場を考えていました。理由は、木星や土星への壮大な宇宙旅行の実現にはロボットのサポートが必要になるだろうし、それに当時の『禁断の惑星』などの宇宙映画には必ずロボットが名脇役として登場していたからとも考えられます(キューブリックは制作当時の映画のトレンドをかなり意識して映画制作をしていた)。そのキューブリックのロボットへの興味が手塚治虫へのオファー(キューブリックは『鉄腕アトム』を観ていた)に繋がったのでしょう。

 そのロボットは形を変えてやがてスーパーコンピュータ「HAL9000」に行き着くのですが、その変遷を資料を元に辿ってみたいと思います。



1964年4月

 キューブリックとクラークがニューヨークで合流し、『2001年…』の製作開始される。まずは短編小説『前哨』を元に長編小説を書き起こすことから作業を始める。

1964年6月

 「ソクラテス(正式名称:自律移動型探索機5号)」というロボットが登場する。ソクラテスは「わたしはあらゆる宇宙活動用に設計されておりまして、独立した行動もとれるし、本部からでもコントロールがききます。通常の障害物にぶつかったときや、かんたんな非常事態の判定ぐらいは、内蔵された知性で楽に処理できます。いまわたしはモルフェウス計画(人工冬眠計画)の管理をまかされています」と自己紹介し、「ロボット三原則」にも言及されている。手には様々な工作機械が取り付けられ、頭は4つの方向に広角レンズが向けられ、360度の視野を確保している。このアイデアはやがて「HALの目」へと発展する。

1964年8月

 キューブリックがコンピュータの名称を「アテナ」にしよう、と提案する。この時点でロボットはコンピュータへと変化している。

1965年2月

 『星々への彼方への旅』として記者発表される。ただしスターゲート到着までで、結末は未完のままの状態。

1965年5月

 アテナはディスカバリー号の頭脳として活躍し、スペースポッドの事故やその後の対応でクルーをサポートするという(この時点ではコンピュータの反乱というアイデアではない)第一稿が書き上がる。この原稿ではボーマンがちぎり取られたアンテナを回収するためにポッドで離船しようとした際、アテナに「今の命令は第十五号指令に違反しています。取り消すか、訂正をお願いします」と拒否されている。このシーンが後に「コンピュータの反乱によるクルーの殺害」というアイデアに行き着く。

1965年7月

 上記のATHENA(アテナ/アシーナ)のスケッチが描かれる。このスケッチを見る限り、中央のメインコンソールが胎児に見えるなど、女性の胎内を模しているように感じられる。HALのブレインルームへの侵入が下部(すなわち膣)であったり、内部が赤い照明であったりするのは、この頃のデザインの名残である可能性がある。名称のアテナはギリシャ神話の知恵の神の名であることから、様々な推測をすることができるが、キューブリックは明確な説明をしていないので全ては想像の域を出ない。

1965年8月

 クラークが一旦セイロンの自宅に戻り、8月にロンドンに到着した際にはセットの建造は始まっていた。

1965年12月

 月面シーンから撮影開始。

1966年1月

 この頃クラークはHALが狂い始めるシーンを書いている。

1966年3月

 キューブリックからクラークへHALの神経衰弱について「三分間のポエティックなクラーク風ナレーションを」というオファーが届く。この段階では名称はHALに決定しており、HALのシーンの撮影中だったのではないかと推測。

(出典:『失われた宇宙の旅2001』



 若干推測も含んでいますが、おおまかにはこういった流れになります。意外なのは「アテナ」だった期間が長かったこと。約一年以上にわたってこのアイデアのままでした。キューブリックとクラークがいつベル研究所で行われたIBM7090による音声合成のデモを聴いたのかは定かではありませんが、その体験ががアテナ(女性)からHAL9000(男性)への変更を促したであろうことはほぼ確実だろうと思われます。

 さて今日本作を観返してみて、『2001年…』内の未来予測の中で真逆の進化を遂げたのが「コンピュータの大きさ」です。キューブリックとクラークはコンピュータが高機能化すればするほど大型化すると考え、HALの本体を人が入れる金庫室のようなデザインにしました。しかし現実は宇宙船に搭載するには小型化するしかなく、現在『2001年…』を観るとHALのブレインルームは大げさに見えるかも知れません。しかし、HALのアイデアの元ネタがIBM7090だとすればそれも仕方ないのかも知れません。このIBM7090がHAL9000やディスカバリー号の内装デザインに与えた影響は明白です(型番のIBM7000シリーズ→HAL9000シリーズも)。

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IBM7094の制御卓

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HAL9000の制御卓

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IBM7040の制御パネル

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HAL9000の制御パネルやディスカバリー号の内装

 「HALはIBMのアルファベット一文字ずらし」という噂をクラークは否定していましたが(後に「否定するのを辞めた」と書いていますが、噂が真実かどうかは慎重に言及を避けている)、以上の経緯から個人的にはこの噂は真実だと判断しています。ではなぜクラークやキューブリックは「IBM→HAL」説を否定したのか、その理由ですが、映画に登場する殺人コンピュータ名の元ネタが自社名のもじりだと知ったら、訴訟などの事態に発展しかねないと判断したからではないでしょうか。現にIBMは当時、社員に『2001年…』を観ないようにという通達を出しています。その火消しにクラークとキューブリックは躍起になっていたのではないかと推察しています。

 また、HALの声を担当した声優にも言及したいと思います。まだHALがアテナだった頃、キューブリックは声をステファニー・パワーズに担当させようと考えたようです。それがHALになった時も最初にリハーサルしたのはパワーズだったそうです。しかしすぐにイギリス人の俳優ナイジェル・ダベンポートに変更され、結局マーティン・バルサムにいったん決定しました。しかしいざ録音してみると「あまりにもアメリカ口語に聞こえた」ため、当初ナレーターにキャスティングしていたダグラス・レインに急遽変更、レインの当たり障りのない中部大西洋風アクセントがHALにふさわしいと判断したキューブリックは、1日半を使ってHALのセリフを録音したそうです。

 余談ですが、ステファニー・パワーズはフランク・プールを演じたゲイリー・ロックウッドと1966年に結婚(後に離婚)していますが、二人が知り合うきっかけが『2001年…』での共演未遂だったとしたら、ちょっと興味深いですね。1966年といえば上記の年表にある通り、『2001年…』の制作真っ盛りですので可能性はかなり高いと言えるでしょう。

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 アメリカ合衆国の現状を見るに、この上ないタイミングでの登場です。詳細は以下から。

 スタンリー・キューブリック監督の傑作「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」。冷戦下で核兵器を巡るドタバタと人類の末路を描くこの上なくシニカルなブラックコメディ作品ですが、そこに登場する人物たちの有様は今現在の世界にも十分通用するもの。

 この作品をヒューマン・リーグ、ヘヴン17のメンバーであり、ティナ・ターナーやイレイジャーなどのプロデューサーとしても活躍するマーティン・ウェアが作中の映像と台詞を電子音楽でリミックスしています。

(全文はリンク先へ:Buzzap!/2017年2月18日




 うーん、記事で煽っているほどでは。それよりも動画の作者であるマーティン・ウェアが「ヘブン17」のメンバーだったことに触れて欲しかったですね。そう、『時計…』でのレコードショップでナンパされた女の子のセリフ「誰が好き?ゴグリー・ゴゴル?ジョニー・ジバゴ?ヘヴン17?」が元ネタになったバンドです。そのヘブン17についてはこちらで以前記事にしています。マーティン・スコセッシの『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のリミックスがこの再生数ですので、これで味をしめたみたいですが・・・残念ながらここまではバズらないでしょう。

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レイプファンタジー
(引用先:getty images:A scene from the movie 'A Clockwork Orange' in 1971 in London, England.January 01, 1971)※一部画像加工済

 まず上記の写真ですが、これは『時計…』のラスト、アレックスが夢想するレイプ・ショー、つまり「レイプ・ファンタジー」と呼ばれるシークエンスの中のワンシーンです。現在視聴できるDVDやBD、2年前全国で開催された『ムービーマスターズ第1弾スタンリー・キューブリック』での上映でもこのシーンはカットされていて存在しません。このシーンを見たというsaito氏の証言によると

 私が時計じかけのオレンジを初めて見たのは2001年宇宙の旅の1978年のリバイバルの翌年、恐らく1979年の時計じかけのオレンジのリバイバルだと思われますが、そのときのラストシーンは現在のショット(雪の上で中世風の人々に拍手を受けながらスローモーションで転げている男女)の直前に、(雪の上で中世風の人々に拍手を受けながらスローモーションでカメラに向かって駆けて来る裸の女性を追いかけるアレックス)のカットがあり、そのカットはズームバックで3分割されており、その3分割の間に病室で妄想に浸るアレックスのアップが2回カットバックされるものでした。その後に、現在のラストカットが続いていました。

KUBRICK.Blog.jp BBS『時計じかけのオレンジのラストカットの相違について』より)


という内容だったようです。

 同様の写真は『世界の名画&名優大全集 』(徳間書店:1976年)にも掲載されていて、それがこちらになります。

 また、海外のマルコム・マクダウェルのファンサイト『www.MalcomMcdowell.net』にも同じ記録があり、

On the call sheets this was called 'Rape Fantasy' that's why think this sequence was cut out because it shows Alex chasing the girl down and she looks horrified. It looks like he ripped her clothes off and she is trying to get away. By only showing the girl on top of Alex in the film it makes her look happy and it's consensual. You can't rape someone who is on top of you, they have to want to be there or they could jump off. This way Alex's final line, "I was cured all right" is ambiguous which Kubrick preferred. Was he cured to go back to his raping ways or was he cured to experience physical love?

 これはコールシートでは「レイプ・ファンタジー」と呼ばれていて、アレックスに追いかけられる女の子のシークエンスは、ぞっとするような印象を与えるためカットされたとされている。アレックスは服をむしり取り、襲いかかろうとしているようだ。フィルム上のアレックスの上に女の子を見せることによって、彼女は合意し、幸せであるように見える。あなたはレイプすることはできませんが、ここにいたいと思っていなければいけません。アレックスのセリフの最後の一行の「完全に治ったね」は曖昧です。キューブリックはどちらを好んだのでしょう?アレックスはレイプの方法を取り戻すために治ったのでしょうか。それとも肉体的な愛を経験するために治ったのでしょうか?


 以上の資料から、写真の女性を追いかけるシーンはsaito氏の証言通り、存在していたのは確実でしょう。

 次に、映画評論家の河原畑寧氏のこのコメント

「このスローモーションのレープ・ショー・シーンは日本公開版ではオリジナルよりかなり短くされている」

(キネマ旬報1972年5月上旬号より引用)


にも注目したいと思います。河原畑寧氏は初公開時のパンフレットに寄稿しているので、公開前の試写を観ているのは確実だと思われます。つまり、氏は試写で上記の写真のシーンを観ていて、その後公開版を観てカットされているのを知り、上記のコメントを書いたのだと思います。氏は、当時の日本はポルノに対して世界的にみても厳しい基準を設けていたので、カットされたのは日本公開版だけで世界公開版ではカットされていないと勘違いしたのでしょう。

 以上の証言・資料からある推論が導き出されます。つまり「試写の段階では写真のシーンは存在した」「その後キューブリックの要請によりカットされ、それが決定版になった」という推論です。キューブリックが公開ギリギリまでカットするのはよくあることなので、特に目新しい論ではありませんが、saito氏は初公開時ではなく、リバイバル時にこのシーンを観ています。どうしてこんなことが起こってしまったのでしょうか?

 試写が行われた以上、最低でも1本は写真のシーンを含んだフィルムが日本国内に存在していたことになります。その1本、もしくはキューブリックのカットの指示が届く前にプリントした何本かが、何かの手違いで映画館に流通してしまったのでしょう。そしてその後のリバイバル時にはカットの事実は忘れ去られてしまい、写真のシーン入りと、なしのフィルムが混ざってしまったままリバイバル上映に回されてしまったのではないでしょうか。

 この写真のシーン入りのフィルムが何本存在していたのかは分かりませんが、もっと情報が集まれば何か新しい事実が判明するかも知れません。もし「私も写真のシーンを観た」という方がいらしゃいましたら、

・ご覧になった年月日(年だけでも)
・ご覧になった映画館(無理なら都市名、もしくは地方名)

こちらの掲示板に情報をお寄せください。尚、掲示板に書き込まれた証言は、レイプ・ファンタジー検証記事に証言者名(情報のソースを明確にするためです。ハンドル名で結構です)も併せて使用させていただきますことを何卒ご了承ください。

 皆様の情報提供をお待ちいたしております。

情報提供:saito様

加筆・修正:2016年5月24日

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 1984年に公開された、『さよならジュピター』は、当時日本SF界を代表する作家として知られていた小松左京が製作・脚本・監督など、ほぼ全てに関わり、日本のSF映画を語る上で重要な作品の一つとなっている。が、面白いかというとそれは別問題だ。

 本作はハードSF作品を目指して、スタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』に匹敵する作品を作りたいと製作された作品だ。『スター・ウォーズ』人気に便乗しようとして、急遽突貫工事で作った『宇宙からのメッセージ』などとは違い、ちゃんと長く企画を練って作られた作品なのだ。しかし、世間的な評価はどうかというと悪いというか、酷評だらけだ。

(全文はリンク先へ:リアルライブ/2017年2月11日




 この『さよならジュピター』については以前ここで記事にしていますが、当時、公開を楽しみにしていた日本全国のSFファンを絶望の淵に叩き込んだ!という意味では忘れられない作品です。wikiによるとブレーンストーミングに参加していたのは原作者の小松左京を中心に、当時の日本SF界の中核をなす豊田有恒、田中光二、山田正紀、野田昌宏、 鏡明、伊藤典夫、井口健二、横田順彌、高千穂遥という豪華な面々、『2001年…』は無理でも、せめて『スター・ウォーズ』を超える、日本が世界に誇るハードSF映画になると信じていたのに・・・。

 それにしてもユーミンはないよなあ、『ナウシカ』の安田成美以上に。


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