2016年08月

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〈前略〉

 このミュージック・ビデオはオアシスの全英No.1シングル「ドゥ・ユー・ノウ・ワット・アイ・ミーン?」の1997年に制作されたクリップのニュー・ヴァージョン、ディレクターのドム&ニックとオリジナル版を手掛けたプロダクション・チームが、ノエル・ギャラガーが新たに手がけた同曲のミックスに合わせて編集し、未発表映像を付け加えリメイクを行った。

 ディレクターのドム&ニックは以下のようにコメントしている。

 「オリジナル・ビデオのクオリティを今日の高解像度の標準へと引き上げ、この映像を新鮮な目で見て何を改良できるかを見極める千載一遇のチャンスだったよ。

 あの飛ぶ鳥を落とす勢いの時代、当時の映像制作技術の最高峰とも言える、僕たちは見映えのよい35ミリのフィルムで長編映画のようにビデオを撮っていた。今あのようなフィルム撮影を行うのは、この規模のミュージック・ビデオでは考えられない。デジタル・カメラと比べて、桁外れに贅沢なプロジェクト以外でフィルムを使うのは、とにかくコストがかかりすぎるからね。それから、これを新兵募集のパーフェクトな原動力と如才なく見なしたイギリス陸軍の支援も得ることが出来た。イギリスの納税者がオアシスのミュージック・ビデオ制作を支援しているのかって庶民院に質問されたけどね!

 それから、スタンリー・キューブリックの映画『フルメタル・ジャケット』のロケ地で、爆撃で大破した建物のあるところでも撮影をしたんだ。警察とロンドン・シティ空港に今にも中断させられそうだったけど、私有地だったから好き勝手にやることができたよ。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:MUSICMAN-NET/2016年8月22日




 少し前に掲載した記事『【オマージュ】一編まるまるキューブリック作品に捧げたプローモションビデオのまとめ』で突然動画が削除されたのはこのPVのリメイクをしていたからなんですね。該当記事のリンクはオリジナルPVにしておきました。上記を観る限り、どうやらエキストラの出演カットを多くしたようですが、かといってこちらの方が出来がいいかと言えば・・・うーん、微妙(笑。オリジナルのままでも良かったのでは?

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 2012年にキューブリックのパーソナル・アシスタント兼運転手、エミリオ・ダレッサンドロの回顧録『キューブリックと私(Stanley Kubrick e me・イタリア語版)』が上梓された際に出演したTVインタビューの動画です。だいたい以下のような内容を話しているようです。


エミリオ:

「(キューブリックと知り合ったのは)巨大なペニスの置物(ザ・ロッキングマシーン)をセット(ロケ地)に届けたことでした」
「その日は道路が凍結していたので、スタッフは高価なアート作品を運ぶのを嫌がりました」
「映画会社から私のタクシー会社に連絡がありました」
「会社は私が元レーシングドライバーだと知っていたので、そんな悪条件でも運転できると考えたのです」
「スタンリーはそのミッションを果たした人物を知りたがりました」
「そして彼と会い、彼との仕事が始まりました」

フィリッポ:

「スタンリーは古い新聞の切り抜きからエミリオが元F1レーシングドライバーだと知りました」
「スタンリーはその件についてエミリオに尋ねました」
「スタンリーはエミリオを非常に魅力的に感じました」
「それから二人の30年間に渡る友情が始まったのです」

エミリオ:

「スタンリーから他の仕事はできるか?と訊かれました」
「私にはあなたがニューヨークの新聞スタンドの販売員のように見える、と」
「OK、それだけなら演りましょう、と言いました」
「この2秒あまりのシーンに2週間かかりました」
「毎晩『エミリオはキオスクに行く」です」
「30分のフィルムテストをやっていました」

「フェリーニの電話の通訳を頼まれた際、私とスタンリーはメモを片手に床に座りました」
「しかし私は彼らが話す(専門的な)内容を理解することができませんでした」
「私はフェリーニが語る内容をなんでも書き留め、英語に翻訳してスタンリーに伝えました」
「その後、スタンリーの回答をフェリーニに伝えました」
「私はその内容を理解できませんでした」

「スタンリーの真実は、プロジェクトを止めたことがないという事です」
「スタンリーはアメリカとヨーロッパ両方のタイムゾーンで働いていました」
「仕事以外の時間はありませんでした。しかし、彼は疲れ知らずでした」
「彼はめったに風邪をひきません。常に体調は良好でした」

(フィリッポによる『2001年…』の解説)
(エミリオによる『時計…』の上映禁止の話)
(フィリッポによる「月面着陸捏造説」の話)

エミリオ:

「キューブリック作品で一番好きなのは『スパルタカス』です。しかしスタンリーは理解しかねていました」
「すべての作品が素晴らしいです。しかし私はそれらを鑑賞する時間がありませんでした。あまりにも長いのです。2時間もあります。」
「私には私の他の仕事があります」

「スタンリーの死は未だに信じられません」
「父が亡くなった時の方がまだましでした」
「スタンリーの死はすべてを壊してしまったのです」

「スタンリーとの30年間は素晴らしかったです」
「私は一日の終わりに、私が行った仕事に対して感謝するスタンリーの笑顔を見ました」
「私は疲れていてもそれが見たいために働き続けました。私はその笑顔が好きでした」



 ここで登場しているフィリッポ・ウリビエリとは、イタリアのキューブリック研究家で、この『キューブリックと私』の共同著者でもあります。フィリッポのサイト『Archivio Kubrick』は有名で、デザインを見てわかるようにiMac時代、2001年にスタートしています。

 このインタビューからもわかるように、非常に心温まるエピソードが満載のようです。是非とも邦訳をお願いしたいですね。
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 スタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick)監督の死後、もうすぐ20年が経とうとしている。彼は、20世紀の傑作と評価される数々の作品を創りだした、ハリウッド有数の敬愛される映画監督だ。デヴィッド・フィンチャー(David Fincher)、ニコラス・ウィンディング・レフン(Nicolas Winding Refn)など、キューブリックの影響を受けた監督も後を絶たない。だが、キューブリックには未だに謎が多い。周囲からは引き籠りだと思われ、人生のほとんどをハリウッドの外で過ごし、飛行機に乗りたくないため、撮影のほとんどをイギリスやその周辺で済ませるような映画監督だった。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:VICE/2016年8月18日





 キューブリックのプライベート・アシスタント兼運転手だったエミリオ・ダレッサンドロの回顧録『Stanley Kubrick and Me: Thirty Years at His Side』(英語版)の発売に合わせた記事ですが、母国語であるイタリア語版は2012年に上梓されています。エミリオの記事は過去にも何度か採り上げていますが、エミリオがキューブリック専属の運転手になったのは『時計…』で「ザ・ロッキング・マシーン」をロケ現場に運んだのがきっかけでした(その記事はこちら)。

 30年間に渡ってキューブリックのそばにいた人物の貴重な回顧録です。邦訳を期待したですね。


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2001年宇宙の旅 [Blu-ray](amazon)


 映画には必ずと言っていいほど隠された裏話があります。制作に関することや、出演したスターの素顔など様々です。

 「へぇ、こんな裏話があったんだ」と、多くの人々に感心されていた映画のトリビアをご紹介します。

●「2001年宇宙の旅」では、スタンリー・キューブリックとアーサー・C・クラークが宇宙人をどんな姿にするかで口論をしていたのを、カールサガン氏が仲介に入り、「全く見せない」案を提案した。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:らばQ/2016年8月20日




 カール・サガンではなくカール・セーガンですね。ある年代の方にはTV番組『コスモス』の司会者として、SF映画『コンタクト』の原作者としても有名です。

 この『2001年…』でのエピソードはこちらの記事でご紹介済みです。
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 ペット・ショップ・ボーイズといえば1990年代を代表するテクノ・ダンス・デュオですが、1999年発表のアルバム『ナイトライフ』からのシングルカットのこの曲のPVは謎だらけ。途中『2001年…』の白い部屋でなぜか袴に着替えます。うーん、意味不明。前半は『THX-1138』、後半は『マトリックス』っぽいですが、更に謎なのが眉毛。これはひょっとしてギャグのつもりなんでしょうか?よく・・・わかりません。しかもタイトルが長過ぎて入りきらないので、原題はこちらに記しておきます。『Pet Shop Boys - Don't Know What You Want (But I Can't Give It Anymore)』です。
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