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〈前略〉

音声合成で世界最初に流れたのはデイジー・ベルの歌 1961年

 映画「2001年宇宙の旅」、交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」が流れるなか、並んだ惑星の向こうから太陽が昇る荘厳なシーンから映画は始まります。モノリスと呼ばれる石から知恵を授けられた猿人が争いに勝ち、握っていた骨の武器を空中高く放り投げると、落ちてくるあいだに道具が進化し、宇宙船にかわるという印象的なシーン。また地球から月へ向かう宇宙船のバックに流れる「美しく青きドナウ」。映画とクラシックをうまくマッチさせたスタンリー・キューブリック監督の名作です。アポロ十一号が人類最初の有人月着陸を果たす前年(1968年)に封切られました。

 映画の主人公はもちろん人間ですが、準主人公が人工知能HAL9000型コンピュータです。IBMの文字を前に一文字ずつずらして命名した説が有名ですが、キューブリック監督は否定しています。

 このHAL9000がとんでもない事件を起こします。月で見つかったモノリスの秘密を探るために木星へ向かう宇宙船ディスカバリー号を管理しているHAL9000が突如暴走しはじめます。モノリス探査の任務と、その任務をディスカバリー号乗員に隠すよう矛盾された指示を与えられたことが原因でした。この原因は後編の映画「2010年宇宙の旅」で判明します。

HAL9000が歌うデイジー・ベルの歌


 HAL9000の異常に気づいた乗組員が人工知能の停止をはかりますがHAL9000が反撃を始め乗組員を次々と殺害。唯一、生き残ったボーマン船長がHAL9000を停止させるため人工知能の思考部に入ります。次々と機能停止されるなか、HAL9000がもうろうとした意識(そんなものが人工知能にあればですが)で歌うのが“デイジー・ベルの歌”です。歌っている間に、だんだんスピードが落ち、HAL9000のロレツがまわらなくなり、やがて停止してしまいます。

 “デイジー・ベルの歌”は“二人乗りの自転車”ともいい、不器用な田舎者の恋を扱った歌詞です。なぜこんな歌が映画の重要なシーンで使われたのでしょうか。答えは音声合成で世界最初に流れたのがデイジー・ベルの歌だったからです。

 1961年にベル研究所の技術者が史上初めてアイビーエムの大型コンピュータを使い音声合成で“デイジー・ベルの歌”を歌わせました。このエピソードを知っていたのでキューブリック監督は、映画のシーンに使ったのでしょう。もっとも技術者が、なぜこの歌を大型コンピュータに歌わせたのかは謎です。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:PC Watch/2017年4月10日




 水谷哲也氏の書籍『バグは本当に虫だった なぜか勇気が湧いてくるパソコン・ネット「100年の夢」ヒストリー91話』(発行:株式会社ペンコム、発売:株式会社インプレス)に掲載されているエピソードを抜粋した記事だそうです。他の記事はこちらで読めます。

 HALとIBMの関係は以前ここで記事にしましたね。ところでキューブリックはパーソナル・コンピュータの普及を心待ちにしていて、IBM XTを手にいれたときは誇らしげにこんな写真まで遺しています。後に1988年のこのインタビューで所有機種を「軽いラップトップ型の東芝のコンピュータで、プリンターはエプソンだ。」と応えています。このことからも相当の「パソコンヲタ」だったことがわかります。まあそれ以前にカメラやテープレコーダーが大好きな「メカヲタ」だったので、こうなるのも必然ですね。そんな「ヲタ」なキューブリックを奥さんのクリスティアーヌは半ば呆れつつ

「スタンリーはテープレコーダー8つとズボン1本さえあればそれだけで幸せ」

「パーソナル・コンピュータの登場は彼が生まれてこのかたずうっと登場を待ち望んでいたものが実現したようなもの」


と語っています。同じ「ヲタ」な方々には耳の痛い話ではないでしょうか(笑。


バグは本当に虫だった-なぜか勇気が湧いてくるパソコン・ネット「100年の夢」ヒストリー91話(amazon)
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 2017年に結成55周年を迎える、アイルランド伝統音楽・ケルト音楽の最高峰バンド、ザ・チーフタンズ(The Chieftains)の来日が決定。スタンリー・キューブリック監督の『バリー・リンドン』で音楽を担当し、1975年にグラミー賞を受賞。ローリング・ストーンズ、ポール・マッカートニー、ジョニ・ミッチェル、ライ・クーダー、エルヴィス・コステロ、ロジャー・ウォーターズ、ヴァン・モリソン、パヴァロッティ、ジャクソン・ブラウン、アート・ガーファンクル、スティング、ロジャー・ダルトリー、ジョン・ウィリアムズ、ロンドン・シンフォニー・オーケストラ、矢野顕子、忌野清志郎、林英哲(和太鼓)、古謝美佐子、遊佐三森、元ちとせ、とも共演。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:Qetic/2017年4月13日




 『バリー・リンドン』のサントラで『愛のテーマ(アイルランドの女)』『パイパーズ・マゴット・ジグ』『海の乙女』の三曲の演奏者としてクレジットされているザ・チーフタンズが来日するそうです。過去に共演しているアーティストの面々は記事の通り豪華ですが、wikiによると当初はその現代的な解釈が批判を浴びていたそう。記事には『バリー…』でグラミー賞、このwikiにはアカデミー賞を受賞とありますが、ソースを確認できませんでした。『バリー…』でアカデミー賞の編曲・歌曲賞の受賞をしたのはレナード・ローゼンマンですので、正確には英語版wikiにあるように「アカデミー賞を受賞した『バリー…』のサントラへの参加で高い評価を受けた」という認識が正しいです。『音楽CD検定公式ガイドブック(下巻)』にはこのような記述がみられますが、非常に誤解を招きやすい表現です。もらってもいないオスカーで評価されても本人たちはちっとも嬉しくないと思いますが。

 『バリー…』のサントラがらみでグラミー賞を受賞したというソースも見つけられませんでした。ただ、バンド自体は他の作品でグラミー賞を何度も受賞しているので評価に揺るぎはないですが、こういった受賞歴の表記はソースをちゃんと確認し、神経質になって欲しいものです。
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 キューブリックが『2001年宇宙の旅』の制作前に参考に観たという1963年公開のチェコ映画『Ikarie XB-1』のオープニングシーンがYouTubeにありましたのでご紹介。

 この『Ikarie XB-1』、キューブリックのパーソナルアシスタントだったアンソニー・フリューインによると

 「スタンリーはロンドンに移る前(※1965年頃)、ニューヨークで『2001年…』の調査や脚本を書いていた時に『Ikarie XB-1』を見ていました(彼は膨大な関心事があり、それをいくらでも手に入れることができた)。 確かにそれはスタンリーの発想ではありませんでしたが、それはテーマやプレゼンテーションの点で、平均的なSF映画から半歩くらいの進歩がありました。その後、彼が認めたように、当時でもそれはそれほど難しいことではありませんでした 」

 「私は、スタンリーに影響を与えた未来映画・SF映画はないと思う。そして、映画においてこれらの分野が十分提供されいていなかったという事実が、彼が『2001年…』を作った要因でした」

 「スタンリーは無類の映画好き(「良い映画からと同じように、悪い映画からも何かを学ぶことができる」)だったし、それらの映画のどれが彼の「好み」の映画のリストに載っているかどうかはわかりません。彼はユーモアと忍耐強さを持っていたので、時々冗談を言っている可能性があります。彼がかなり良いと思った傑出した映画の中には、彼のお気に入りの一つのショット、または一つのシークエンスがあったかもしれませんが、それまでお気に入りリストに含めてしまうと、あまりにも遠大な計画になってしまいます」

【関連記事】スタンリー・キューブリックが好んだ映画のマスター・リスト(2016年7月25日改訂版)


 とのことで、キューブリックが参考にと視聴したSF映画の一本でしかなかった様です。

 しかし、観ていただくとわかる様に、時代を考えればまあまあいい感じのオープニングです。通路がなんとなく『2001年…』を彷彿とさせますが、雰囲気がとってもソ連っぽいのは当時のチェコが共産主義国家だった影響も大きいでしょう。宇宙船のデザインはかなり古臭いですが、内部のセットはなかなかではないでしょうか。以下はキューブリックが観たであろう米公開版で『Voyage to the End of the Universe』と改題されたもの。サイケなビジュアルとサントラがなんともいい味を出していますね。

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 『恐怖と欲望』のDVDやBDの販売は、国内ではIVCという会社が手がけていますが、『恐怖…』自体はパブリック・ドメイン(著作権消滅)ですので、こういった販売も問題ないということになります。販売元の株式会社コスミック出版は、その名の通り出版社ですので、このDVDシリーズは通常の映像メディアの販売ルートとは異なり、書店売りのDVDになります。どうやらパブリック・ドメインの映画を大量に集めてシリーズにして商品化、書店に卸しているようです。

 映像専門の会社ではないので映像がどの程度のクオリティか不明ですし、パッケージングもお世辞にもいいものだとは言えません。キューブリックファンならすでにBDやDVDで所有していると思いますので、特に食指は動かないと思いますが、セットにされた戦争映画に興味があるなら買ってもいいかもしれません。それに安いですしね。

 その他のDVDシリーズはこちら。自社サイトでは4月14日発売になっていますので、少しでも早く入手したい方はこちらをご利用ください。
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8217400
Joseph Burstyn(IMDb)
Joseph Burstyn(wikipedia)

 アメリカの小規模映画配給会社、ジョゼフ・バースティン社社長。キューブリックの劇映画処女作『恐怖と欲望』の配給を手がけた。

 このジョゼフ・バースティン社はヨーロッパの良質な映画を輸入・配給していて、イタリアン・ネオリアリズムをアメリカに紹介したことで知られている。『恐怖…』と同時上映された『海を見た少年(The Male Brute)』もフランスの名匠、ジャン・ドラノワ監督の作品だった。

 バースティンは1950年、1948年に制作されたイタリアの映画監督、ロベルト・ロッセリーニによる『人間の声』『奇跡』からなるオムニバス映画『アモーレ』を『ウェイ・オブ・ラヴ』と改題し、米国で配給した。12月には『ウェイ・オブ・ラヴ』がニューヨーク映画批評家協会によって本年のベスト・外国語映画に選ばれた。

 アメリカでの公開後、ニューヨーク州理事会は「放浪者(フェデリコ・フェリーニ)を聖人だと信じた女が妊娠し、村人のそしりを受けつつも女は一人で教会で子供を産む」という内容の『奇跡』について「神への冒涜」だとした抗議を受け、理事会は聴聞会に調査する様よう命じた。聴聞会はこの作品が「神への冒涜」と判断、1951年2月16日に教育委員は映画の配給のライセンスを取り消すように命じた。

 それに対し、この判断を不服としたバースティンは訴訟を起こし、「ジョゼフ・バースティン社対ウィルソン裁判」として有名になる。アメリカ最高裁判所は、ニューヨーク州教育法の特定の条項が映画の上映を禁止したり、「神への冒涜」としてライセンスを停止することを認めていることは、言論の自由に対する拘束となると判断した。

 1921年にアメリカに渡ったポーランド移民。1953年11月、大西洋横断飛行中に機内で冠動脈血栓症を発症し、死去。生年月日不詳。
 
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